おわりに
本物語りを始めるに当たって、
本物語りは、これからの人類世界を担って行くべき、あなた方若き少年少女の皆さんが、「現宇宙世界の成り立ちから地球の誕生、生命の誕生、進化、そして私たち人類の現在までの滔々とした道のり」、科学者たちを中心に苦闘の末に明らかにしてきたことを、理解、再認識し、これからの自分たちの進むべき道を考える際の因って立つ礎として活用されんことを期待しつつまとめたものである。
と記した(<物語り 扉>)。続いて、
第一部 宇宙の誕生とその構成
第二部 地球の誕生と原始進化
第三部 生命の誕生
第四部 生命の進化
第五部 生命進化の物理法則
第六部 人類の出現と進化
第七部 人類が築いてきた文明のあらすじと到達点
と、「宇宙の誕生」からはじめて「人類が築いてきた文明のあらすじと到達点」に至るまでを順に追って概観してきた。壮大な「物語り」であることがおわかりいただけたものと思う。
なお、第五部では、それまでの時間軸の視点から外れ、岡目の視点に変わって、『生命進化の物理法則』というテーマについて取り扱った。私たちは時折、「生命は『物理的な作用』とは根本的に異なる何かを表している。無生物の世界の構造は予測可能で単純な原理で形成されている一方、生命はそのような原理を超越した形に派生していく」と思い込むことがある。この部分は、そのような思考傾向に対する注意喚起として挿入したものである。
- 生物の世界でも、生物という一つの集合体のあらゆるレベルで、『物理法則』が特定の解決策へと生命を導いており、その結果は常に予測可能とは限らないが、有限である。すなわち、この宇宙の森羅万象の根底には必ず『物理法則』が厳然として作用している、
このことを理解してほしいがためである。
さて、私たち人類が居住する地球は、約138億年前の驚異的な誕生と壮大な進化を経た宇宙の一部であり、その一角で約45.5億年前に生まれた太陽系を構成する惑星として、広大な漆黒の空間の中に浮かんでいる。それはまさにボイジャー1号が捉えた非常に小さい青い点『ペイル・ブルー・ドット』である。太陽系惑星のうち太陽に一番近い水星から火星の外側の小惑星帯までをまとめて『地球型惑星』と呼ぶが、これらの惑星はすべて、中心から1/2半径が金属、外側1/2半径が岩石でできている。地球は、この構造ゆえに、海水が蒸発せずに地表に存在できるまで表層の温度が低下すると、その温度低下のために表層の岩石が剛体化して『プレート』を形成し、『プレートテクトニクス』が機能するようになった。そして、
- このプレートテクトニクスこそが、『アルカリ熱水噴出孔』にて『生命』を生み出し、生命進化の永い道筋を辿ったすえに『東アフリカ地溝帯』にて私たち『現生人類』を育んだと言っても過言ではない。
こうして俯瞰してみると、私たち人類の誕生は、幸運が重なり合った結果、ほとんど零に近い確率の下でなし遂げられた奇跡ようにも感じられるが、
- 無限に小さい1点から『インフレーション』・『ビッグバン』によって宇宙が創生されてから、物理法則の命じるままにその進路を辿ってきた厳然たる結果なのである。
さらに、私たち現生人類の辿ってきた路も多くの幸運に支えられてきたように見えるが、
- それも『東アフリカ地溝帯』時代に受けた幾多の地球規模の変動や物理法則の命じる環境変化の結果として発現してきたものなのである。
- 特に、公転軌道の離心率、太陽に対する地軸の傾き、および自転軸の歳差運動からなる『ミランコヴィッチ・サイクル』による大きな気候変動がほぼ80万年おきに生じたことは、東アフリカ地溝帯に点在するアンプ湖の出現と消滅のサイクルをもたらした。そのたびに、水、植生、食糧の有無にもかなり激しい変動をきたし、それが人類の祖先にも深刻な影響を及ぼしたのである。急速に変化する状況は、多芸で適応力のあるホミニン(ヒト族)をより生き延びさせることになり、より大きな脳と多くの知能を進化させたと考えられている。
- しかも、この変動の時代は、人類の進化を左右しただけでなく、ヒト族のいくつかの種に誕生の地を離れて『ユーラシア大陸へ移住』させた原動力であったとも考えられている。
アフリカからヒト族を押しだした要因もまた、大地溝帯内における気候の変動にあったのである。湿潤な環境が訪れると、アンプ湖が拡大し、水と食糧が豊富になり、人口が急増する一方で、樹木が茂る地溝帯の斜面沿いの居住可能な空間が限られてしまった。この状況がヒト族を大地溝帯の細長い地域に集中させ、歳差運動の周期が気候のポンプのように作用し、湿潤な波が来るたびにヒト族を東アフリカから追い出したのである。
私たちは現生人類、すなわち『ホモ・サピエンス』であり、小さな狩猟採集者の集団であった。おおよそ6万年前、アラビア半島が緑化した時期に、生誕の地である東アフリカ地溝帯からその地へと進出した。それから、私たちは人口密度の低い地域に広がり、季節ごとにその地の変化する気候に合わせて移動し、寒さや乾燥を避け、食糧を得られる暖かく雨の多い環境を求めて移動した。世代を経ることにより、私たちはさらに遠くの土地へと進出した。そして、
- ネアンデルタール人とデニソワ人という私たちヒト族の親族が絶滅していく中で、最終的に人類は地球を支配することとなった。私たちは『地球上に生き残った唯一のヒト族』である。アフリカを出てから5万年以内に、人類は南極大陸を除く全ての大陸に定住し、地球上で最も生息範囲の広い動物種となったのである。
- 火を使いこなし、衣類を作り、道具を作成する技術を身につけた結果、サバンナの類人猿の集団は熱帯からツンドラまでの広範な気候帯で生活することが可能となったのである。
そして、その途中、後の時代において、私たちの先祖たちは、
- 身体機能や精神機能の一部を『技術でアウトソーシング』する方向に進化した。『火』を用いて消化機能を補助し、『文字』を使用して記憶力を拡張し、背中や足への負担を減らすために『車輪』を使用するようになった。
- そして、時代が進み、私たちは『機械仕掛けの脳』を創造した。この装置は多機能で、私たちが提示するあらゆる問題を無限に解決できるようにプログラムされていた。
- 現在、私たちはデバイスが自律的に機能する手段、すなわち『人工知能』の開発に努めている。
人工知能の開発が進むと、コンピュータとロボットが組み合わされ、私たちは思考や行動といったさらに多くのことをアウトソースするようになるであろう。
- これは壮大で、革新的な変化である。この変化は、私たちが「火と言語」の第一の時代、「農業と都市」の第二の時代、そして「文字と車輪」の第三の時代を経てきた私たちの第四の時代の幕開けを告げるものである。
- しかし、この変化が私たちに突きつける問いは難解で、厄介である。「ヒトであるとはどういう意味か?」、ということに関わるからである。「機械は思考できるのか?」「機械は意識を持つことができるのか?」「ヒトが行う全てのことは、機械で再現可能なのか?」「実際のところ私たちは機械なのか?」
私たちは既に第四の時代に突入しているのだろうか。しかし、線を引く場所は問題ではない。重要なのは、いつ第四の時代が始まったかではなく、
- 一度その時代に入ると、変化は急激なものになるということである。第四の時代が加速すると、AIやロボット工学の分野におけるブレークスルーはこれまでにない速さで起こるであろう。
- 私たちは数百万年前から技術を使用し始め、10万年前から言語を使用し始め、数千年前には自分たちの存在や宇宙といった深遠な問いを考え始めた。数百年前には、私たちは科学的方法論を確立し、それまで想像もつかなかったような繁栄を手に入れた。数十年前、私たちは機械でできた脳を作り始め、そして数年前、その脳のパワーアップ方法を学び始めた。
そのような私たち、限りなく広がる闇の中のかくもちっぽけな存在である地球にて、いくつかの人類の中で最後に唯一生き残った私たち『現生人類』は、一つの危うくも、しかし確固たるシステムの中で進化を遂げ、独自な文明を構築してきた。今や、『ロボットとAI』の時代に突入し、文明を支える技術の進化速度はますます加速しつつあり、さらに『汎用人工知能=私たち自らの存在をも左右しかねない自律システム』の実現に向けて取り組んでいる。私たちは人類史上最も重要な転換点に立っているのかもしれない。おそらく、立っているのだろう。
だからこそ、人類が築き上げた最先端の文明であるAIによって、反対に滅ぼされる可能性があると声高に叫ぶ人々がいる。故スティーブン・ホーキング博士もその一人であり、イーロン・マスクやビル・ゲイツといったある意味で人類の頭脳を代表する人々までもが人工知能を恐れている。
しかし、一歩立ち止まって、もう一度、地球と人類の歴史を振り返ってみると、抗いがたい運命に体当たりしつつ、その中で得られた奇跡としか言いようのない幸運を、知性と知恵とを最大限に活用しながら生き延び、そして発展してきた私たち人類の確固として力強い歩みがあった。
このようにはかなくも、だがしかし、確固として築き上げられた文明、その築きをますます加速しつつある私たち人類、この私たちがこれから先、どのようにみずからの運命を切り拓いていくのだろうか、いけるのだろうか。
それはひとえに、これからを担う人たち、私たちの築き上げた財も負債も、否応なく引き継がねばならない次代の人たち、その意識、意気込み、彼ら、彼女らを支える夢と希望にかかっているのではないだろうか。
『ペイル・ブルー・ドット』と形容される地球は、広大な宇宙の中では微小な存在であり、そこに生きている私たちは更に微小な存在である。しかし、それにも関わらず、私たちは宇宙のガス、塵から生まれ進化し、現在の文明の高度な段階に到達した。宇宙開闢インフレーションは、真空の相転移から生じたと言われているが、何もない状態、『無』と言ってもよいものから、自らを認識し自らを高めようとする自律体が生まれてきたのである。これは、まさに奇跡ではないだろか。
次世代を担う若い人たちには、人類、つまり私たち自身の存在、そして私たち自身が築き上げてきたものに意味を見い出し、その上でさらに一歩進んでいって欲しいと切に願っている。
本書がその一助となることを祈りつつ、ここで筆を置くことにする。
以 上